余暇と戦争: 第二次大戦下におけるイギリス市民の余暇経験

 第二次大戦下、イギリス本土で暮らしていた一般市民たるイギリス人は、どのような人生経験をしたのだろうか。第二次大戦下のイギリスにおけるいわゆる「国内戦線 (Home Front)」については、多くの英語文献が蓄積されてきている。とくに、空襲体験、疎開体験、軍需工場での労働体験などが社会や人びとにもたらしたさまざまな影響については、研究も多い。しかし、余暇の経験ということになると、一般向けに書かれた本や、ラジオや映画といった個別のメディアや事象に対象を絞った学術研究は少なからず出されているのに、意外なことに全体を俯瞰した学術研究はいまだにまとめられたものがないのである。日本においても、ドイツを対象にしたものは多いものの、イギリスの戦時経験を対象にした歴史研究は実に少ないように思われる。

 ここでは、人びとの余暇経験という側面に焦点を当てながら、これまでの先行研究および各種一次史料の紹介という形をとって、イギリス人の第二次大戦経験をスナップショット的に見ていくことにしたい。

●Paul Addison and Jeremy A. Crang, eds., Listening to Britain: Home Intelligence Reports on Britain's Finest Hour ー May to September 1940 (London: Vintage, 2011 pbk edition).

 

 1940年の春は、イギリス国民が第二次世界大戦の脅威を身にしみるかたちで認識し始めた時期である。対独戦争は、1939年の9月に始まってはいた。映画館などの娯楽施設は直ちに閉鎖され、都会の子どもたちの集団疎開も実施された。しかし、1940年の春になるまで、本国内で生活する国民が戦争を身近に感じる機会は多くはなかった。映画館の閉鎖にはただちに抗議の声が上がり、もまもなく再開されることになった。疎開した子どもたちも、多くが自宅に戻ってきてしまう。この時期が「まやかしの戦争」と呼ばれるのはそのためである。戦争はヨーロッパ大陸の出来事にすぎなかった。

 イギリス国民が危機感を広く共有し始めたのは、ドイツが4月9日にノルウェーとデンマークを侵攻・占領し、続いて5月にはフランスへの侵攻を開始してからである。チェンバレン首相は辞任してチャーチル率いる挙国一致内閣が成立(5月10日)したが、6月にはイタリアが対英宣戦布告したうえ、続いてフランスがドイツに降伏した。

 この間、5月21日の夕刻6時のニュースでは「ひとつの奇跡のみがフランスを救う」とアナウンスされ、イギリス国民のあいだには動揺が広まった。26日にはフランスのダンケルクから、フランスに送られていた英国海外派遣軍(British Expeditionary Force)を中心にした連合軍の救出作戦が開始され、6月4日までにイギリス兵22万2,658人を含む33万8,226人が英仏海峡を渡ってイギリスに逃れたのである。その後、7月にはイギリス王室保護領のチャンネル諸島がドイツに占領され、イギリス本土へのドイツ空軍の空襲が始まった。「ブリテンの戦い」である。

 本書は、こうしたドイツによる本土侵攻の危機が最も迫った時期のイギリス国民の士気について、イギリス情報省の国内諜報部が情報を収集してまとめ、日曜日を除く毎日作成していた報告書を活字化した史料集である。

 イギリス情報省は対独戦争の始まった1939年9月に設立され、同年12月にメアリー・アダムズをトップに国内諜報部は設立された。驚くべきことだが、国内諜報部の組織およびその後の活動は、彼女一人が作り上げたものだと言っていいと編者は序文で記している。アダムズは戦前BBCテレビのプロデューサーだったが、テレビ放送は開戦前にすでに閉鎖されていた。夫は保守党下院議員で強固な反宥和政策論者だったヴィヴィアン・アダムズだったが、彼女自身は社会主義者であり、ロマンティックな共産主義者でもあり、無神論者で、人道主義者だったというところもおもしろい。そんな彼女が調査を委嘱した先は、マス・オブザヴェイション (Mass Observation)だった。

 マス・オブザヴェイションは、1937年に人類学者のトム・ハリソン(Tom Harrison)、詩人で社会学者となるチャールズ・マッジ (Charles Madge)、詩人でドキュメンタリー映像作家のハンフリー・ジェニングス (Humphrey Jennings)によって設立された組織で、イギリス民衆の思考、信念、態度、慣習、趣向などをユニークな調査方法で記録する活動を展開していた。第二次大戦後には、マーケティング会社となる組織であるが、戦前・戦中の調査活動は実にユニークで、そこで集められた記録は、イギリス20世紀史を研究する歴史家たちに不可欠な貴重な同時代史料となっている。それらの史料はいま、イングランド南部にあるサセックス大学の「マス・オブザヴェイション文書館」に所蔵されている。本書に収められた史料は、国立文書館の所蔵史料を基本にしているが、マス・オブザヴェイション文書館にあるメアリー・アダムズ文書によって補足されている。前置きが長くなったが、イギリスの戦時下の情報省についてきちんと紹介された日本語文献はないと思うので、いたしかたない。

 この史料集を読むと、イギリス各地の人びとが、戦時下にどのような不平不満や怒り、不安と心配を持ち、そこからどんな噂話が生まれてくるのかがかなりの程度わかる。イギリス政府は、敗北も含めて国民におおむね正しい戦況を伝えていたが、ダンケルク撤退時など詳しい説明が欠如しがちだった際にはさまざまな噂話が生み出されている。人びとは、配給となった食糧にも飢えていたが、情報にも飢え、不満を持ちがちだった。「不平を言うのはイギリス人の伝統」と言ってはばからない国民もいた。

 だが、さまざまな自由の権利が誰にでも適用されるべきだと考えられていたわけでもない。イタリアとの開戦後になると、ドイツから逃れてきたユダヤ人難民ばかりでなく、イギリスに移住してきて数世代になるイタリア系住民に対する敵対心も高まった。イタリア系住民が経営していた多くのお菓子屋さんやアイスクリーム・ショップが暴徒に破壊された。イギリスポップ・アートの父といわれ、戦後のイギリスを代表する彫刻家であるエデュアルド・パオロッツィ(Edualdo Paolozzi)もそうした戦時体験を持っている一人である。良心的徴兵忌避者もまた、嫌悪・憎悪の対象となった。労働者階級の間に、いわゆる「適性外国人」に対する反感はより強かったようだ。

 余暇の問題も、士気の問題とおおいに関連してとらえられていたことがわかる。たとえば、楽しみを目的とした自動車での遠出を非難する声を国内諜報部はとらえている。ガソリンの無駄使いであり、非愛国的な行為だとみる国民は少なくなかった。BBCが自転車競技のスポーツの結果を報じた時には、無駄な放送をしているとの批判があがった。一方で、余暇の必要も隠せぬ事実だった。政府が春の祝日である聖霊降臨日を平日として過ごしてほしいと訴えたにもかかわらず、多くの国民はこれを無視したし、政府やBBCに人びとが求めたのは、愛国的なお説教ではなく、率直な事実の報道とたっぷりの娯楽番組だった。

 週単位で省が区切られ、それぞれに編者による戦局を中心にした背景説明が付されている。索引も充実している。こういう史料集がパーパーバックで出されているところがいい。

 

●Jonathan Croall, Don't You Know There's A War On? Voices from the Home Front (Stroud: Sutton Publishing, 2006 pbk edition).

 

 この本は、35人の第二次大戦経験者にたいして行なったインタビューの記録をまとめた史料集といえるものである。著者は都合100人ほどにインタビューしているが、35人以外はごく断片的にしか取り上げられていない。

 著者がとくに記録しようとしたのは、子どもおよび大人の学校生活、女性の労働生活、そして戦争反対者の経験の三つであることが、この本の特徴だ。とくに、戦争に反対した平和主義者たちの記録が収められていることが貴重である。

 本書に収録された多くの回想では、余暇の経験についてもふれられている。ラジオ聴取や映画鑑賞、ダンスにふれたものが多いが、芝居やコンサート、飲酒やホリデーの思い出を語っているものもある。地域、階級、ジェンダー、年齢、家族構成などによって、余暇経験は多様であることがわかるが、ラジオ(BBC)の存在の大きさは共通している。

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